大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

鹿児島地方裁判所 昭和56年(ワ)432号 判決 1983年1月31日

原告

有村サチエ

被告

坂元哲志

主文

1  被告は原告に対し、金二九九万一三六〇円および内金二八四万一三六〇円に対する昭和五七年二月二五日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用は十分し、その三を原告の、その余を被告の各負担とする。

4  主文1項は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める判決

一  原告

1  被告は原告に対し、金四二七万六九〇五円および内金四一二万六九〇五円に対する昭和五四年八月二三日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言。

二  被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  事故の発生

原告は昭和五四年八月二二日午前一一時一〇分ころ、タクシーを運転し、西鹿児島駅前から市内川上町へ向う途中、市内下伊敷町四二五番地先の国道上において信号待ちのため停止していたところ、後方から進行して来た被告の運転する普通乗用車に追突される事故が発生した。

2  被告の過失

本件事故は被告の前方注視義務違反により発生した。

3  原告は本件事故により、

(一) 外傷性頸部症候群となり、今給黎病院に同日から昭和五五年三月三〇日まで二二三日間入院し、同年四月一日から昭和五六年一二月一七日までのうち実日数四〇六日通院し、

(二) また左右神経難聴となり、吉満耳鼻咽喉科医院に昭和五五年一月二九日から昭和五七年一月一一日までのうち実日数一三一日通院した。

4  損害 合計一二〇三万七五五五円

(一) 治療費 二七八万七五一〇円

前記傷害により原告は、別紙「治療費明細」のとおり、次の額の治療費を負担した。

(1) 今給黎病院 二七〇万七九七〇円

(2) 吉満耳鼻咽喉科医院 七万九五四〇円

(二) 入院雑費 一三万三八〇〇円

前記入院日数(二二三日)に一日当たりの入院雑費六〇〇円を乗じて得られる額である。

(三) 通院交通費 一八万八三四〇円

(1) 今給黎病院 一七万一三二〇円

イ 南国交通バス(早馬・稲荷町間)

昭和五五年四月一日から同年九月三日までの間は往復一八〇円で一一〇回利用(一万九八〇〇円)。

同年同月四日から同五六年一二月一七日までの間は往復二〇〇円で二九六回利用(五万九二〇〇円)。

ロ 市電(清水町・長田町間)

昭和五五年四月一日から同年一〇月二三日までの間は往復二〇〇円で一二八回利用(二万五六〇〇円)。

同年同月二四日から同五六年一二月一七日までの間は往復二四〇円で二七八回利用(六万六七二〇円)。

(2) 吉満耳鼻咽喉科医院 一万七〇二〇円

市電(清水町または長田町・県庁前間)

昭和五五年一月二九日から同年二月二一日の間は往復二〇〇円で一七回利用(三四〇〇円)。

同年七月五日から同年一〇月二三日までの間は片道一〇〇円で三回通院(三〇〇円)。

同年同月二四日から同五七年一月一一日までの間は片道一二〇円で一一一回通院(一万三三二〇円)。

(四) 休業損害 五五九万三〇二一円

原告は本件事故当時、観光自動車株式会社に勤務し、一か月平均二〇万四六二三円の収入を得ていた。

原告は本件事故により、事故日の昭和五四年八月二二日から昭和五六年一一月三〇日までの二年三か月一〇日休業を余儀なくされ、その間全く収入を得られなかつた。

(五) 後遺障害による逸失利益 五三万五七八四円

原告は本件事故により、外傷性頸部症候群による頭痛、項部痛、左耳鳴、眼痛、腰痛の後遺障害(症状固定昭和五六年一二月一七日)および左右神経難聴、鼻炎等の後遺障害(症状固定昭和五七年一月一一日)が残り、後遺障害等級一四級の認定を受けた。

右後遺障害は今後少なくとも五年間は継続すると予測されるので、これによる原告の逸失利益をホフマン式により計算すると、次のとおりである。

204,623(円)×12(か月)×0.05×4.364≒535,784(円)

(六) 装具料 二七〇〇円

原告は本件事故による障害の治療のため、ネツクカラー代として右の額を支出した。

(七) 眼鏡代 五万二九〇〇円

原告は本件事故により眼鏡を破損し、その買替のため右の額を支出した。

(八) 診断書料等 九万三五〇〇円

(1) 事故証明書料 五〇〇円

(2) 診断書料 九万三〇〇〇円

原告は被告の車両が加入していた任意保険の内払を受けるため、その都度、診断書および診療明細書を必要とし、右の額を支出した。

(九) 慰謝料 二五〇万〇〇〇〇円

原告の前記入通院に伴う慰謝料としては二〇〇万円、前記後遺障害の慰謝料としては五〇万円がそれぞれ相当である。

(一〇) 弁護士費用

原告は本件事故により訴訟の追行を弁護士に委任せざるを得なくなり、その報酬として一五万円を支出した。

よつて原告は被告に対し、不法行為に基づき、右の損害額中、未弁済の四二七万六九〇五円および内金四一二万六九〇五円に対する本件事故日の翌日である昭和五四年八月二三日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実は認める。

3  同3のうち、本件事故と入通院との間の因果関係の存在を否認し、その余の事実は認める。

4  同4の損害の各費目についての認否は次のとおり。

(一) (一)のうち、本件事故と治療費損害との間の因果関係は否認し、その余の事実は不知。

(二) (二)の事実は不知。

(三) (三)のうち、原告主張の通院合計日数、各料金額の定めおよびその変更経過は認め、その余の事実は不知。

(四) (四)前段の事実は認め、同後段の事実は不知。

(五) (五)のうち、原告主張の認定の存在は認め、症状固定時期は否認し(昭和五五年九月三〇日症状固定との診断書が存在する)、その余の事実は不知。

(六) (六)の事実は不知。

(七) (七)の事実は認める。

(八) (八)の事実は認める。

(九) (九)の主張は争う。

(一〇) (一〇)のうち、原告が訴訟の追行を弁護士に委任したことは認め、本件事故と弁護士費用との間の相当因果関係の存在は争い、その余の事実は不知。被告の応訴は不当抗争ではない。

三  抗弁

1  被告は原告に対し、別紙「弁済一覧表」のとおり、合計四八五万〇一六一円を損害額元本弁済のため支払つた。

なお同表12、14、16、18、20、22の合計二三万七一六一円は、そのうち五万二九〇〇円が眼鏡代、その余が交通費等として支払われたものである。

2  被告の加入している保険会社は、これまでに原告の入・通院先の病院に対し、次の金額を損害額元本弁済のため支払つた。

(一) 今給黎病院 二五九万七三四〇円

(二) 吉満耳鼻咽喉科医院 七万九一九〇円

3  被告の加入している保険会社は昭和五七年三月一六日までに原告に対し、合計一四二万四二二〇円を損害額元本弁済のため支払つた。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1は、次に述べる点を争い、その余の事実を認める。

(一) 同表の年月日欄のうち、1は「五四年一〇月一四日」、2は「一一月一四日」、6は五五年「二月一〇日」、8は「三月二〇日」、11は「六月一〇日」、17は「八月一〇日」、24は「一二月二五日」が正しい。

(二) 被告主張の交通費等の支払は、原告が被告の承諾のもとに岩城整骨院および漢應院で治療を受けた際の交通費と施療費に充てられたもので、本訴請求の外である。

(三) 同表26ないし30の各支払は、原・被告間の金員仮払仮処分に基づきなされたものであるから、弁済として考慮すべきものではない。

2  同2は、(一)のうち二五九万一三四〇円を超える部分を否認し、その余の事実はすべて認める。

3  同3の事実は認める。

第三証拠〔略〕

理由

一  事故の発生等

請求原因1(事故の発生)、同2(被告の過失)の各事実、同3(原告の負傷)のうち、本件事故と入通院との間の因果関係の点を除くその余の事実はいずれも当事者間に争いがない。

二  原告の治療経過等

成立に争いのない甲第二号証の一ないし八、第六号証の一ないし一五、第七号証の五、七、八、第八号証の一ないし五、第九号証の一、二、第一〇号証、第一二号証、乙第一号証、第三号証ないし第六号証(第五、六号証については各原本の存在とも争いがない)、第一〇号証の一、二、第一一号証の二ないし八、弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる乙第九号証、証人吉満輝忠、同今給黎尚典の各証言、原告本人尋問の結果を総合すれば、以下の事実が認められる。

1  原告は本件追突事故により約三時間意識の低下があり、上之脳神経外科に搬送されてX線撮影をされた後、今給黎病院に入院した。原告は医師に項部・後頭部痛、右上肢脱力感、左下腿痛、左側頸部圧痛を訴え、スパーリング・テストは陽性であつた。原告は当初、鎮痛療法を受け、数週間後から温熱療法、マツサージ、首の牽引等の理学療法を受けた。

2  原告は昭和五四年一〇月九日に初めて許可外泊をした。看護記録(乙第四号証の一部)の示すところによれば、原告の外泊数は同年一〇月中に八泊、同年一一月中に六泊、同年一二月中に一三泊、昭和五五年一月中に一二泊、同年二月中に七泊、同年三月中の退院日まで一二泊であつた。医師は原告の外泊を社会適応を促進するために必要と考えていた。

3  原告は本件事故の数日後から左耳が難聴になり、昭和五五年一月二九日から吉満耳鼻咽喉科医院に通院するようになつた(右通院事実は当事者間に争いがない)。原告は医師に耳鳴、耳痛、耳閉塞を訴えた。原告はその後、右耳の難聴も訴えるようになつた。原告は同医院で、本件事故とは無関係に、鼻炎および左急性カタルの治療をも平行して受けた。

4  原告は今給黎病院を退院後もほぼ連日通院し、理学療法を受けた。同病院は昭和五五年九月三〇日、原告に後遺障害として「頸痛、項部痛、左上下肢の脱力感、左耳鳴、眼痛」を主訴または自覚症状とし、「腱反射亢進、病的反射無きも左下肢筋力の低下を認める。握力右一一kg、左一一kg」との他覚症状および検査結果を認定して原告の症状固定を認め、治療を中止した。しかし原告はそのころ、必らずしも就業可能の状態にはなかつた。

5  原告はその後愁訴を増強し、同年一二月一〇日から再度、同病院に通院して熱気浴、変型機械矯正術等の治療を受けた。原告は昭和五六年一月七日、鹿児島大学医学部附属病院整形外科を訪ずれ、外傷性頸部症候群により「尚しばらくの保存的治療を必要とする」との診断を受けている。

6  原告は今給黎病院により同年一二月一七日、再度、症状固定とされ、外傷性頸部症候群により後遺障害として、「頭痛、項部痛、左耳鳴、眼痛、腰痛」の主訴または自覚症状があり、「腱反射亢進、病的反射無きも、左下肢筋力の低下を認める。握力右二〇kg、左二二kg」との他覚症状および検査結果が認められた。

また原告は吉満耳鼻咽喉科医院より昭和五七年一月一一日症状固定とされ、初診時、左右神経難聴、鼻炎(鼻炎は本件事故と因果関係がないから、この記載は誤記と認める)、左耳閉塞感、左耳痛、左耳鳴、両側軽度難聴であつたが、後遺障害として「軽度両耳難聴時々耳鳴」の主訴または自覚症状があり、「両耳共に約一五dBの聴力低下、時々耳鳴」との他覚症状および検査結果が認められた。

なお原告が後遺障害一四級の認定を受けたことは当事者間に争いがない。

7  原告は以上のほか、被告の了承のもとに昭和五五年七月ころから同年一〇月ころまでの間、鹿児島市内の「はりの漢應院」や隼人町内の「岩城整骨院」で施療を受けた。

8  原告の既往症としては、機能性子宮出血があり、これにより昭和五三年七月三日から同年八月三一日までの間、鹿児島市内の「沖産婦人科」に入院したことがある。

9  事故当日、所轄の鹿児島西警察署が上之脳神経外科から徴した診断書によれば、原告(昭和五年六月二〇日生)は「外傷性頸部症候群・腰部捻挫」により治療日数二週間、原告の運転するタクシー後部左側座席にいた客藤中国夫(昭和二〇年一一月二八日生)は「外傷性頸部症候群」により治療日数四日とそれぞれ診断された。

被告と右藤中との間では昭和五四年一一月中に、被告が藤中に「身体損害費」として一〇万円を支払うとの示談が成立した。

10  いわゆる「鞭打症」と難聴との間の因果関係については、最近、これを肯定する医学論文が現われたばかりである。加齢による難聴も考えられるところから、医師吉満輝忠は本件事故と原告の耳の後遺障害との間の因果関係存否の確率は七対三と考えている。

医師今給黎尚典は二度判定した症状固定日のうち最初の昭和五五年九月三〇日を正しいとし、二度目の固定診断は原告の要望によりなしたものとする。同医師は原告と前記藤中の症状の違いの原因の一つとして原告の加齢を挙げ、外傷性頸部症候群と更年期障害的症状との判別が困難であることを指摘するが、本件事故が原告の頸部等の後遺障害に及ぼした寄与度については言明を避けた。

11  原告は昭和五六年一二月一日からタクシー運転手として再稼働しているが、完全な体調とは考えていない。

三  損害の算定(弁護士費用を除く)

1  治療費 二六九万六四七二円

前記甲第六号証の一ないし一二、一四、一五、第八号証の一ないし五によれば、原告が、別紙「治療費明細」のとおり、今給黎病院に対し合計二七〇万七九七〇円の治療費債務を負担したが、そのうち昭和五五年六月一六日の熱傷治療は本件事故と全く因果関係のないものであること、同日のその他の治療を含む点数は五一八点であること(従つてその半分に単価一〇円を乗じて得られる二五九〇円は本件事故と関係がないから、これを控除すべきである)、吉満耳鼻咽喉科医院に対する原告の治療費債務は、右明細のとおり、合計七万九五四〇円であるが、これには本件事故と無関係な鼻炎、左急性中耳カタルの治療分も含んでおり、その判別は困難であること、以上の事実が認められる。

右事実および前記二の認定事実を総合判断すると、原告が今給黎病院で最初の症状固定日とされる昭和五五年九月三〇日までに受けた治療の費用は、原告の身体的条件如何に拘らず、全面的に被告の負担とするのが相当と判断されるが(但し、熱傷に関する部分を除く)、第二回目の症状固定日とされる昭和五六年一二月一七日までに受けた治療の費用は、原告の加齢による治療の延引を考慮し、およそ、その八割をもつて相当因果関係の範囲内と認められ、また原告が吉満耳鼻咽喉科で受けた治療の費用は、原告の加齢の要素および他の症病治療も考慮し、およそ、その七割をもつて相当因果関係の範囲内と認められる。

そうすると被告が賠償すべき治療費は、次の算式により合計二六九万六四七二円と算出される。

(2,385,040-2,590)+(322,930×0.8)+(79,540×0.7)=2,696,472

2  入院雑費 一一万一五〇〇円

被告が負担すべき原告の入院雑費は一日当たり五〇〇円をもつて相当と判断されるところ、これに当事者間に争いのない原告の入院日数二二三日を乗ずると、合計一一万一五〇〇円と算出される。

3  通院交通費 一五万八八一八円

原告が今給黎病院に合計四〇六回、吉満耳鼻咽喉科医院に合計一三一回各通院したこと、南国交通バスの早馬・稲荷町間の往復料金が昭和五五年九月三日までは一八〇円であり、その後は二〇〇円に改訂されたこと、市電の往復料金(片道料金の倍額)が同年一〇月二三日までは二〇〇円であり、その後は二四〇円に改訂されたことはいずれも当事者間に争いがない。

前記乙第三、五号証、原告本人尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すれば、鹿児島市吉野町に居住する原告が同市下竜尾町にある今給黎病院および同市小川町にある吉満耳鼻咽喉科医院に通院するには、主として早馬・稲荷町間の南国バスと市電の清水町・長田町間および長田町・県庁前間、或いは同一のバス料金により早馬・天文館間と市電二回の乗継ぎ、タクシー利用等をせざるを得なかつたこと、バス料金の改訂される昭和五五年九月四日より前の今給黎病院への通院回数は一一〇回、それ以後の同通院回数は二九六回(そのうち最初の症状固定日である同年九月三〇日までの分は一九回)、市電料金の改訂される同年一〇月二四日より前の同病院への通院回数は一二九回(すべて同年九月三〇日以前の通院である)、それ以後の同通院回数は二七七回であること(前記書証上、日付のはつきりしない分は被告の利益のため料金改訂前として算入した)、右市電料金改訂前で原告が吉満耳鼻咽喉科医院へのみ通院した回数は一七回、同改訂前で同医院と今給黎病院との双方に通院した回数は三回、それ以後で右の双方に通院した回数は少なくとも一一一回あること、以上の事実が認められる。

右の事実によれば、原告は必らずしも通院のための交通手段が一定していたものではないが、そのために少なくとも大衆運輸機関であるバスおよび電車の往復料金(今給黎病院と吉満耳鼻咽喉科病院の双方に通院した時は市電料金が一往復半分となる)相当の財産的損害を蒙つたものと認められる。

しかして前記三の1で認定したとおり、本件事故との相当因果関係の観点から、被告は右のうち今給黎病院への通院費用については最初の症状固定日である昭和五五年九月三〇日までは一〇割、同日の後は八割、吉満耳鼻咽喉科医院への通院費用については七割を賠償すべきものと考える。そうすると被告が賠償すべき通院交通費は、次のとおり合計一五万八八一八円と算出される。

(一)  今給黎病院関係

(1) バス分

180円×110+200円×19+(200円×277)×0.8=67,920円

(2) 市電分

200円×129+(240円×277)×0.8=78,984円

(二)  吉満耳鼻咽喉科医院関係

{(200円×17)+(100円×3)+(120円×111)}×0.7=11,914円

(三)  合計

67,920円+78,984円+11,914円=158,818円

4  休業損害 五〇一万七八八四円

原告が本件事故当時、観光自動車株式会社に勤務し、一か月平均二〇万四六二三円の収入を得ていたことは当事者間に争いがなく、原告が昭和五六年一二月一日に再稼働したことは先に認定したとおりであるから、それまでの間は本件事故により就労できなかつたものと推認される。ただし、前記三の1で認定したとおり、本件事故との相当因果関係の観点から、被告は最初の症状固定日である昭和五五年九月三〇日より後の休業損害についてはその八割を賠償すべきものと考える。そうすると被告が賠償すべき休業損害は、次のとおり合計五〇一万七八八四円と算出される(小数点以下は四捨五入。以下同様)。

<省略>

5  後遺障害による逸失利益 二六万八二三六円

原告が後遺障害等級一四級と認定されたことは当事者間に争いがなく、後遺障害の内容は前記二の6で認定したとおりである。

そして原告本人尋問の結果によれば、原告が再稼働してからは苦痛のため休業したこともあり、従前どおりの収益を挙げるには現在なお一層の努力を要することが認められる。右症状が何年間続くのかを示す証拠はないので、これを控え目に見れば、前記再稼働の日から三か年の限度で継続するものと推認することができる。

利益の喪失割合が少なくとも五分程度あることは、右障害等級から顕著であるが、前記三の1で認定したとおり、本件事故との相当因果関係の観点から、被告はその八割を賠償すべきものと考える。そうすると被告が賠償すべき後遺障害による逸失利益の額は、ホフマン式により次のとおり二六万八二三六円と算出される。

204,623円×12×0.05×2.731×0.8=268,236円

6  装具料 二七〇〇円

原告本人尋問の結果および弁論の全趣旨によれば、原告が本件事故による障害の治療のため、ネツクカラーを装着し、その代金として二七〇〇円を支出したことが認められる。

7  眼鏡代 五万二九〇〇円

原告が本件事故により眼鏡を破損し、その買替のために右の額を支出したことは当事者間に争いがない。

8  診断書料等 九万三五〇〇円

原告が被告の車両の加入する任意保険の内払を受けるため、その都度、診断書および診療明細書を必要とし、合計九万三五〇〇円を支出したことは当事者間に争いがない。

9  慰謝料 二二〇万〇〇〇〇円

前記認定の原告の入通院状況、後遺障害その他諸般の事情を総合すると、被告が賠償すべき慰謝料の額は二二〇万円をもつて相当とする。

四  遅延損害金の起算日

原告は遅延損害金の起算日を事故日の翌日からとして請求している。確かに死亡事故にあつては、死亡日に逸失利益の全額が発生し、かつ不法行為者が遅滞に陥るとする法的擬制が通用している。しかし、少なくとも傷害事故においては、損害の発生がなければ不法行為として完成しないのであるから、損害の内容が客観的に明確になり、これを被害者から加害者に通知することにより、その翌日から遅滞に附すると解するのが相当である。

本件について見るに、訴状提出の段階においては原告の休業損害が明らかになつたのみであるから、前記三の4で認定した休業損害五〇一万七八八四円については記録上、訴状送達の翌日であることが明らかな昭和五六年七月一七日から遅滞に陥つたものであり、その余の損害が被告に明らかにされたのは、遅くとも昭和五七年二月二四日の第五回口頭弁論までに被告に交付されたと記録上認められる同年同月二三日付訴変更申立書によつてであるから、前記三の1ないし3、5ないし9の損害合計五五八万四一二六円については同年二月二五日から遅滞に陥つたものであると認められる。

五  弁済

1  抗弁1については、原告が被告に対し、別紙「弁済一覧表」のとおり(但し、同表1、2、6、8、11、17、24の年月日については若干の争いがあるが、そのいずれであつても結論に影響を及ぼさない)、合計四八五万〇一六一円を損害額元本の弁済のため支払つたことは当事者間に争いがない。

しかし同表12、14、16、18、20、22の合計二三万七一六一円については、そのうち五万二九〇〇円が眼鏡代、その余の一八万四二六一円が交通費等として支払われたことも当事者間に争いがなく、前出乙第一一号証の二ないし八および原告本人尋問の結果によれば、右交通費等は、先に二の7で認定したとおり、原告が被告の了承のもとに受けた鍼、整骨施療のためのものと認められる。そうすると右の交通費等は本訴請求の範囲外であるから、右二三万七一六一円のうち五万二九〇〇円についてのみ弁済の抗弁が認められる。

そして当裁判所に顕著な昭和五六年(モ)第五一二号金員仮払仮処分命令の存在事実および原告本人尋問の結果によれば、同表26ないし30の支払(合計一〇〇万円)は右仮処分命令に基づき仮になされたものと認められるから、これを弁済として考慮すべきものとはいえない。

そうすると抗弁1は三六六万五九〇〇円の元本弁済の限度で理由がある。

2  抗弁2は、そのうち被告の加入している保険会社がこれまでに原告の入通院先である今給黎病院に二五九万一三四〇円、吉満耳鼻咽喉科医院に七万九一九〇円、右合計二六七万〇五三〇円を損害額元本弁済のため支払つた限度で当事者間に争いがない。

右金額を超えて保険会社が今給黎病院に支払つたことを認めるに足りる証拠はない。

3  抗弁3のとおり、被告の加入している保険会社が昭和五七年三月一六日までに原告に対し、合計一四二万四二二〇円を損害額元本弁済のため支払つたことは当事者間に争いがない。

4  以上の弁済額合計七七六万〇六五〇円は、まず先に被告が遅滞に陥つた休業損害五〇一万七八八四円の元本に充当し(元本指定充当については当事者間に争いがない)、残りの二七四万二七六六円をその余の認定損害額合計五五八万四一二六円の元本の一部に充当すると(元本指定充当については当事者間に争いがない)、損害額元本は差引き二八四万一三六〇円と算出される。

六  弁護士費用

原告が本件訴訟の追行を弁護士に委任したことは当事者間に争いがなく、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用額は、本件訴訟の難易度、前記認定損害額等から、原告主張の一五万円を下らないと認めるのが相当である。

被告の応訴が不当抗争でないとの主張は、弁護士費用を損害として認める妨げとなるものではない。

七  結論

以上の事実および法律判断によれば、原告の請求は二九九万一三六〇円および内金二八四万一三六〇円に対する昭和五七年二月二五日から完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その余は理由がない。

よつて訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 太田幸夫)

治療費明細

Ⅰ 今給黎病院

<省略>

Ⅱ 吉満耳鼻咽喉科医院

<省略>

弁済一覧表

<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例